モラルの葬式 2010.12.27 プロデューサーM.M.
アンジェラ・アキさんの曲のタイトル。この曲は色んな意味で大好きだ。
今年の後半になって、世界の宗教や古くからの思想、古代の人や地域の信仰についての本を読んでみた。単純に、テロや人種の対立の要因、そして、俺には無理な、「人はどうして宗教を純粋に信仰出来るのか?」を知りたかったから。
そんな中、例年のクリスマス。毎年見慣れた風景なのに、ゾッとする思いに駆られた。日本のキリスト教信者は、人口比率で全体の2%以下。俺みたいな無信教の人も多く居るが、それでも残りの90%近くを分け合う仏教・神道の信者が殆ど。そんな国がイエス・キリストの生誕を祝う日を、国を挙げて盛り上げているのだ!
更に結婚式。これも教会でも無い所で教会式。結婚式が教会式で葬式はお寺。人生の絆を誓う相手と、魂が帰る場所が違うとは・・・。これを「節操」が無いと言う。
そう、モラルが無さ過ぎる。
俺の実家は皆プロテスタント系のクリスチャンだ。自分も幼児洗礼を受けている。小さい頃は日曜日毎に教会に通っていた。それでも自我が芽生えて、自らの信仰心を確認した上で、あらためて信仰告白をして洗礼を受けなければ正式な信者にはならない。家族の中で「それ」をしていないのは自分だけ。それでも、結婚式はその教会であげさせて貰い、披露PARTYも教会内で行った。教会員がこぞって裏方として、料理をしてくれたり飾り付けしたりと大活躍してくれた。しかも、無償でだ。本当の教会式は少々長い(笑)。それだけ大事な儀式としているから。神の前で誓うんだから当然だ。今の、簡素にした真似事の教会式に出ると、ママゴトだなって毎回思う。讃美歌の選択で、牧師が本物かアルバイトか大体分かる(笑)。多分俺が死んだら自然と教会葬になる。それでも、俺はキリスト教信者では無い。何故なら、宗教はその殆どの教えが正しいから。そして殆どの宗教(信者)が人を殺すからだ。イスラム教の教えも間違っていない。解釈の問題だ。
でも、今の日本では、宗教でしか「モラル」は浸透させられないのかも?とも思う。
全く今の日本人は「常識」が無い。昨今、一番頭に来るのがデジカメやビデオ撮影。LIVE会場は基本的に撮影は駄目。しかし身内が集まるイベントでは、「暗黙の了解」に加えて、注意を促す前説を入れて、注意を促すだけ。すると、まるで客電を消している意味も無いくらい、客席は液晶ビジョンだらけ。明るいっつうの!酷い奴は上に掲げて撮影している。後ろの客の視界なんてお構いなし。これをやってるのが、普通の大人だから呆れる。
どこのLIVEHOUSEに行っても、楽屋には注意事項だらけ。書いておかないと、守らないから掲示して有る。以前はどんな奴でも、自分が出演している小屋に迷惑掛けるなんて有り得なかった。最低限の常識は保っていた。「言わなくても分かっている」だ!それが今じゃ、「書いてないと分からない」と逆切れしやがる。
こんな連中は、大人もガキも、世代を超えて絶滅してしまえ!と思う。笑
これが2010年最後に書く文章とはなぁ~~。俺も相当溜まってんだなっ!笑