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年齢を重ねれば、友人も兄貴分も弟分も全て、旧友になるの巻き    2010.05.14  プロデューサーM.M.

mixiで、母校(小中学校)のコミュに入っていたら、幼馴染からメールが来た。「もしかして信?」。もしかして?の相手、俺にはそれを確認する勇気は無い。俺にとってはそこそこ高い壁なのに、奴は簡単に乗り越えてメールをして来た(笑)。実家自体が引っ越しているので、幼稚園・小中学校時代を過ごした地元連中と疎遠でいた。30歳過ぎた位から、やけに幼馴染や同級生に会いたいなぁ~と思う様になっていたけど、同窓会の招待も届いた事は無い。引越しの通知もしてなきゃ当然だが・・。帰省するのも冠婚葬祭ばかり。昔の連絡先まで調べてコンタクトする事も無かった。正直見つけてくれて嬉しかった。今度帰省する際には、連絡して会ってこよう。どんだけオヤジになってるんだろう?まぁお互い様だが。

4月24日のイベントにSTREET BEATSが出演した。このBANDには旧友が居る。ドラムの谷本敦(俺の中での通称は:アーボ)。俺と同い年。彼がBEATSに加入して既に13年経つそうだ。普段連絡を取り合う事はまず無い(笑)。常にその存在は意識しているし、気にはしているけど、連絡はしないなぁ~。久しぶりに会うと、その間のお互いの事を話し、共有の友人の事を話す。そんなもんだ。

俺の中で、Jiaen 、THE MAD CAPUSULE MARKETS、zi:kill、DEEPにHATE HONEY、BLOODY IMITATION SOCIETYにGEMMY ROKETS、FORT BRAGG、LINK等、歴代の大切なBANDは多いけど、俺の中で悔いの残るBANDとして圧倒的に存在するのが、アーボが在籍していた破天荒と言うBAND。今でもMySpaceが存在している。俺のLIVEHOUSE人生で、多分一番熱くサポートしたBAND。豊橋の伝説的なBAND同士、B級パラダイスと破天荒が合体して誕生したBAND。紹介者は当時のJiaenの西城生馬。彼がツアー先で惚れ込み、俺に紹介して来た。LIVE一発見ただけで俺も惚れ込んだ。その後はLIVE会場には必ず顔を出し、ツアーを切るだけでは無く、自腹でツアーにも同行した。そして、メンバーと反省会の毎日(笑)。演奏や曲のアレンジ、曲順にも意見を言った。彼らもそれを受け入れてくれていたし、頼ってもくれていた。それだけに、彼らを表舞台に立たせる事が出来なかった事が、未だに心残りとして俺の心に刻まれている。自分の力の無さを思い知らされた。それでも、こうしてアーボがBEATSの一員として活躍をし、ギターの宮脇(てっちゃん)が様々なアーティストのサポートやプロデューサーとして活躍をしている事が、何とも言えない喜びになるし、俺には救いだ。

このイベントには、他にもAGE OF PUNKが出ていて、サポートギターのセイイチローがこれ又古い付き合い。彼はマッドの連中と同級生だし、HATE HONEYに所属してた事も有る。会う度に背が伸びている気がする(笑)。一方アサキは、元HATE HONEYのタカギフトシと同じマンションに住む仲間。このマンション、むか~しzi:killのKENが住んでいたマンション。不思議な縁。そして、正にこの日の深夜には、そのフトシと元zi:killのタスクとのイベント「唄宴」。誰の意思も働かない偶然。だから縁と言うのは面白い。アサキは深夜公演の開場間際まで、セイイチローは朝まで居(座)る事になる。まぁ、俺も当然朝までなんだけど。まぁ、既に仕事と言う感覚とは違うしね。信頼関係の再確認みたいなもの。

さて肝心なLIVEの方だが、STREET BEATSのハイレベルな安定感にも感心したが、深夜公演の方で初めてCITTA’に出てくれた「8-eit」と「munimuni」も面白かった。特に8-eitは、アングラとPOPが旨く融合し、時代に捕らわれない音を表現していて、こりゃぁLIVEHOUSEの対バンでは苦労するなと。今の時代、アート性の強いBANDは、音だけのアプローチにこだわらないやり方も出来るから、彼らの今後に期待です。本当に、LIVEHOUSEには、素晴らしい音楽が溢れている事も再認識出来た1日だった。